豚飼雑感2013年3月
豚の鼻のように


 それは例えばジョン・レノン。1971年に発表されたアルバム『イマジン』には豚と戯れるジョンの写真がついている。事情通の話によると、これは同年に発表されたポール・マッカートニーのアルバム『ラム』をバカにしたものであるとのこと。『ラム』のジャケットには羊と戯れるポールの写真が使われている。このように豚はしばしば罵りの道具として使われている。
 人様に向かって「このブタ野郎め!」と言えばそれは十分に罵言としての効果を持つのだが、ヒツジ野郎とか、ウシ野郎ではどうもぱっとしない。そこで、豚に飯を食わせてもらっている身としては少しばかりの弁護をしたくもなる。曰く、「豚は食欲旺盛で繁殖力もあり(貪欲)、成長が早くよく太り(怠惰)、泥んこが好きで(不潔)、好奇心旺盛で(放埓)慎重かつ猛進する(無知)ほど生命力の強い生き物なのであります…(ダメ?)」。
 そういう私も実は「なんだこのブタ野郎!」と怒鳴りつけた事がある。奴は人が汗だくになって餌箱の掃除をしているというのに、ズボンを噛み噛みしたあげく、あの立派な鼻で尻をどつくので、餌箱に頭をぶつけたのだ。もっともブタ野郎と怒鳴りつけたところで実際のところ相手は豚なので、知らん顔されてしまったのだが…。
 こんなにも豚が罵詈雑言のダシとして使われるようになったのは、豚は人間に微妙に似ているところがあるからかもしれない。牛とか鶏に比べると、豚の目は人間の目によく似ているし、声も近いように思える。哺乳類で雑食なのも共通だ。そして極め付けがあの鼻。これは人間のとは似ていないけど、豚と言えばまさにあの鼻。つまり豚であることの宿命を背負いつつ、完全に開き直ったようなあの鼻。象ほどではないにしても器用に物を動かしたり、豪快に穴を掘ったりするあの鼻。人間のような目つきで、フガッとか言ってそれを突き出されると、(バカにしとんのかいこいつ)と本能的に思わせるあの鼻。それこそまさにダシの真髄ではないかと思う。なぜなら人間にとって鼻は、いつでも顔の真ん中に出っ張って、「私が鼻です」とでも言うかのように自己主張している、引っ込みのつかないものなのだから。
 人間様であってもあんまり鼻が出過ぎると、本当にブタ野郎になってしまうといことだろか。だからと言って鼻をつまんで引っ込んでばかりいたら息苦しくてしょうがないし、うっかり目や耳にだまされかねない。匂いはよりリアルなのだ。くさい匂いには気をつけなければいけないけれど、人間ならば、匂いのないものにはもっと気をつけなければいけない。人々から想像力を奪い、世界をばらばらにさせるものは、匂いもなく近づいてくるのだから。そう思うとあの豚の鼻の立派なこと。あやかりたいものだ。豚の鼻のように、前を向いて、堂々と行け!


豚飼雑感 | 22:07:51 | トラックバック(0) | コメント(0)
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