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豚飼雑感2010年春『自然の命を育んで』
自然の命を育んで

 先日ある集会に招待されて話をする機会を頂いた。農林業を営む若者たちと語るといった趣旨で、その時のテーマが「自然の命を育んで」。
 最初にこのテーマを聞いて私がイメージしたのは、親鳥が雛に餌を与えている所や、鯨の親子が泳いでいたりする所であって、豚に餌をやっている自分の姿ではない。自然という言葉には野生のとか、あるがままのといった意味があるが、どうも豚は自然という言葉の中には入りきれないように思われる。豚に限らず家畜や野菜などは長い間、人間に飼育され、栽培され、遺伝的にも人間の都合に合うように改良されてきた。豚についていえば、あれほど病気に弱く、肉と脂が多く、半年で体重が100倍にもなるような生物は、大自然の中にはいないだろう。
 それでも豚が自然という言葉の外に飛び出して、完全に<人間のもの>になるということはない。つまり人工の豚というものは存在しない。命は自然のものであって人工のものではない。私たち人間も命あるものとして生きている限り、自然に属する。自然に属するものでありながら、自然いうコトバの外に立つ事ができる。それが人間の特徴ではなかろうか。立っては転び、転んではまた起き上がる事の繰り返しが人間の歴史のようにみえる。その度にいくつもの犠牲を払い、恩恵を得てきたのだが、当の本人はというと、立ち上がってどこへ行くつもりなのか分らない。
 地に足をつけて生きるということを、自覚するしないにかかわらず、みんな地上に生きている。生きているんだが、足の裏がスースーするのなら自分の立っている場所を疑ってみる必要があるかもしれない。単に靴下に穴があいているだけの問題ではない。
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豚飼雑感 | 21:29:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
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